6日目 苫小牧西港(北海道)~ 根室(北海道)
2025年4月10日(木)
北の大地へ。旅は最終日になった。眠気を掃うように、下船に向けての船内放送が下船の20~30分前から聞こえてくる。5時半くらいからなんとなく覚めているが、体を起こすことに気が向かなかった。

目覚めると北海道という体験をしてみたかった。2015年。寝台特急が札幌に向かっていた最終期に、チケット争奪戦に加わったが駄目だった。飛行機で気軽に行けるかもしれないが、やっと着いた!という感覚を味わいたかったから、この日の朝、私は静かに喜んだ。
苫小牧西港 6:30 ⇒ 苫小牧駅 6:46(道南バス 交通系IC不可)
シルバーフェリーの桟橋から駅までは路線バスで行くことができる。札幌まで行く高速バスもあるようだ。港湾地区を抜け、大通りに出ると中心街の様相を呈してきた。まっすぐにそして余裕のある車線数が北海道らしい。


朝ご飯を調達するため、苫小牧駅に着くとすぐにコンビニに向かった。改札のそばにあったが、あえて違うところに行った。セイコーマートは北海道に来たら行っておきたい。あったかいおにぎりとお茶を買って駅に戻る。4月の北海道はまだ寒かった。
苫小牧 7:31 ⇒ 追分 8:09


青春18きっぷは5日用。今日で使い切る。まあ、連続使用が条件なので自動的にそうなるが…。ちょっと前までは、有効期限内なら好きな日に分けて使うことができていた。
乗るのは室蘭本線。この駅にを境に西側は、函館行きの特急が走る需要のある区間だが、北側は超ローカル線になってしまう。貴重な列車に乗って石勝線との乗り換え駅追分に向かう。国鉄型のキハ40が賑やかなラッピングになっていた。座席も手が加えられていたので、外だけじゃないのかと驚いた。


苫小牧の市街地を過ぎると、すぐに広大な大地を実感できる景色に変わる。果てしなく広がる陸に北海道に来たという高揚感を感じるピュアな観光客は私くらいで、周りの学生たちはスマホや本を見ている。あるいは寝ている。
追分駅に着くと、学生が一斉に降りていく。ここが終点だから私も降りる。ここにはかつて北海道の鉄道において歴史のある機関区があった。

駅舎内にはその歴史を伝えるちょっとした資料館がある。近くの道の駅にはかつて北海道を駆け抜けた名車両が展示しているらしいが、時間の関係で行くことはできなかった。夕張で取れた石炭を苫小牧まで運ぶ路線の中継地点がこの追分駅だ。室蘭本線と分岐することから、「追分」という駅名になり、それが地名となったとのこと。
追分 8:40 ⇒ 帯広 10:43 とかち1号


これからは石勝線の列車に乗車する。ただ、石勝線を普通列車で乗り通すことはできない。最大行けたとしても、この先の新夕張までとなる。新夕張と新得の間は特急列車のみの運行なので、日程の関係上やむなく帯広まで特急に乗ることにした。


帯広がある十勝地方までには、非常に険しい日高山脈があるため、根室まで伸びる根室本線は、明治時代に開業しているが、この山脈を大きく迂回するようなルートをとっている。昭和に石勝線が開通したことで、日高山脈をショートカットすることができた。そのような経緯でできた路線のため、人があまり住んでないところを走っていく。途中の占冠駅とトマム駅は特急列車しか停車しない駅として知られている。

日本の鉄道の中でも難所とされている狩勝峠を長大なトンネルで抜けると、視界が開け、遠くに平野部が見えてくるが、相当の高低差があるため、線路は蛇行しながら徐々に勾配を降りていく。車窓がさっきまで見下ろす景色だったが、今度は超えてきた山脈の雪景色に移り変わる。狩勝峠の旧線は今よりももっと標高の高いところから下っていくルートだったらしく、あまりにも眺めがよかったため、日本三大車窓の一つになっている。その景色を列車から見ることはもうできないが、現行ルートも十分にすばらしい車窓だと思う。


リクライニングシートの座り心地が良いから、睡魔には抗えず帯広まで休むことに。すっきりした状態で帯広到着。せっかくなので散歩してみる。


六花亭の本店はオシャレ過ぎて、店を通り過ぎてしまった。北海道のお土産の定番「マルセイバターサンド」が有名だ。ここでお菓子をばら売りがあったので、味見用に何種類か購入し、今後のおやつにした。次に帯広名物の豚丼を食す。駅前にある「ばんちょう」に入店。メニューは豚丼のみ。炭火焼の香ばしさと甘めのタレが抜群で食が進む。肉も大きく分厚くて食べ応えがある。本当においしかった。
帯広 12:26 ⇒ 釧路 15:26
自販機でミルクコーヒーのホットを買った。北海道限定の商品というのもあるが、寒さを紛らわしたいという狙いがあった。青春18きっぷの利用を再開し、根室本線の普通列車に乗車した。1両の気動車の席が疎らに埋まる乗客を乗せ、静かに出発。最新鋭の気動車は軽快に十勝平野を行く。


池田駅に着くと、乗客は私と年配の男性の2人のみになった。以後、釧路までこの状態だった。平野部がようやく終わり、山間の景色に転ずるとしばらくして信号場に停車した。駅ではないのでドアは開かない。かつては駅だったと思われる。人家が見当たらない静寂の時間がしばらく続いたが、貨物列車がゆっくりと通過していった。この車両の何倍の長さがあるだろうか?


厚内駅にもしばらく停車した。さっきの信号場からさほど離れていない。このようにしばらく停車する駅が数か所あった。せっかくなのでホームに降りてみる。砂利敷きのホームはあまり本州では見ない気がする。JRの作業員の方が電信柱を確認していた。工事を行うのかもしれない。



厚内駅を出てすぐに海が見えてきた。釧路まで海岸線に近いところを走ることが多くなる。2回目の信号場停車で特急おおぞらと離合した。通過は瞬く間だった。



3時間の乗車を経て、ようやく釧路駅に到着。もう日が傾き始めている。根室駅までの旅程で最後の乗り換えを行う。

釧路 16:04 ⇒ 根室 18:48
根室行きの改札が始まった。この旅最後の列車に乗る。4番線にキハ58が停車していた。国鉄末期に生まれた車両で、北海道の中でも際立ってローカルな路線で使われている印象だ。座席は長時間の乗車に向いている転換クロスシート。


釧路市街は次の東釧路駅を過ぎると終わり、すぐ山の景色に変わる。北海道の都市は原野と背中合わせだ。根室線の釧路から根室までは「花咲線」と呼ばれている。駅でもそのように案内される。厚岸駅の手前までは山間を走るのだが、シカが多い区間だ。線路上にいるシカに警笛を鳴らしながら、急ブレーキをかけて止まる。これが一度ではなく何度もある。このときは5から6回は急ブレーキがかかった。そのたびに線路から走り去るシカを見ることができた。鉄分を補うためにシカは線路を舐めに来ると聞いたことがある。


1時間ほど山中を走り抜けると、進行方向右手に水辺が見えてくる。厚岸湾である。海岸ギリギリにレールを敷いているので、窓のすべてが海に変わった。遠くに半島が飛び出していて、穏やかな海を形成している。カキの産地として有名な漁師町の厚岸駅で乗客の半数が降りていった。残った乗客に地元の人らしい方は少ないと感じた。根室までほぼ観光目的の客を乗せ最果ての地に向かう。

街並みが途切れ、再び沿岸沿いを列車が走る。ただし、ここは厚岸湖で湖である。厚岸湾とつながっているので違いがわからない。しばらくすると景色に変化があった。


水深が浅くなり、陸地との境があいまいになってきた。気づけば湿地帯の中を列車が進んでゆく。湖に流れ込む川沿いを進んでいるはずだが、水の流れを感じない。見慣れない光景だから異国に来たのかと思わされる。湿地帯はかつて全国に無数にあったと思われるが、人が生きるために埋め立てて、宅地や田畑に変わっていった。でもここは今も人の手が加えられてない。唯一この線路だけが人工物である。その線路にも草木が迫り、自然に帰ろうとしているように見えた。



広い湿地帯が終わってもなお列車は走り続けた。広い野原を抜けて、広い丘陵を超えて現れるさっきとは別の広い野原を一両編成の気動車はひたすら走る。日が落ちて再び波打ち際が見えたが、一瞬のことだった。沿線には人よりも馬を多く見た。肉眼で見えるまで車窓を見続け、それでも見えなくなると街の明かりが見えてきた。


根室駅の手前に見ておきたいものがあった。一瞬だがプラットホームが見えるが、東根室駅の跡だ。私がこの旅を行う約1か月前に廃止になった。この駅が長らく日本最東端の駅だった。少し前ならこの駅がゴールとなっていた。出来ればこの駅があるときに来てみたかった。終点の根室駅はこの駅から西にカーブして町の中心に向かう。

午後6時48分。定刻で終着根室駅に到着!
駅名標に先の駅は書かれていない。この旅は終わった。ホームに降りると温度計が7℃を表示していた。最西端のたびら平戸口では桜が満開だったのに、根室はまだ冬だ。西と東の端を行くためには南北の移動も必要になる。日本列島の大きさや位置関係、気候の違いを肌身で感じることができた旅でもあった。



~終わり~









































































































































































